【マグリット展】シュルレアリスムの巨匠から思考実験の楽しみを体感する|クロードクル

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2015年9月30日
【マグリット展】シュルレアリスムの巨匠から思考実験の楽しみを体感する

マグリットとともに常識の「枠」を飛び越え、新たな世界へと羽ばたきましょう!

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日本でも根強い人気を誇り、20世紀の文化に大きく貢献した画家

日本では13年ぶりとなる、大回顧展「マグリット展」が東京・六本木の国立新美術館で開催されました。
20世紀を代表する画家の一人に数えられるルネ・マグリットは、日本国内でも人気があります。「マグリット」の名前を知らなくとも、学生時代、美術の教科書などで彼の作品を見たことのある人は多いでしょう。

鳥の形をした空、空中に浮かぶ巨石、人と風景の融合・・・。その独特な作風は、一度見たら忘れられないインパクトがあります。
「マグリット展」では、マグリットが創造したユニークな世界観が鑑賞できました。
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69歳で生涯を終えた画家・マグリット

ルネ・マグリット(1898-1967)はベルギー出身の画家です。
ブリュッセルの美術学校で学生時代を過ごした後、デザイナーとして商業美術に携わります。
シュルレアリスムへの転向をきっかけにパリ郊外へ移住しますが、人間関係のもつれから再びブリュッセルへと戻ります。

第二次世界大戦中もナチス政権下のベルギーにとどまって作品制作を続け、作風を何度か変えながらも、戦後は過去に確立した様式へ回帰する道を選びました
そして、69歳でその生涯を終えるまで、マグリットは多くの作品を遺しました。
マグリットの作品は、アートやデザインの分野のみならず、思想界にも影響を与えました。日本でも根強い人気を誇り、20世紀の文化に大きく貢献した画家と言っても過言ではないでしょう。

「マグリット展」の開催

2009年6月、ベルギー王立美術館はマグリット財団とパートナーシップを締結し、「マグリット美術館」をブリュッセルに開館しました。そこでは、新たなマグリット作品や資料が収集され、所蔵・展示されることとなりました。
2015年開催の「マグリット展」では、王立美術館とマグリット財団の全面協力のもと、世界各地の美術館・個人コレクションから約130点の代表作が出品されました。
5つの章に分けられた展示会場を観ていくことで、マグリット作品の変遷を時代順にたどれる大回顧展となっています。
全て鑑賞し終わる頃には、マグリットの描く幻想的を知ることが出来るという構成です。

「マグリット展」展示

第1章:初期作品 / Early Works(1920−1926)

マグリットは、1916年から18年の間にブリュッセルの美術学校で学んだ後、デザイナーとしてポスターや広告などを作成して収入を得ていました。
当時の初期作品には、印象派、抽象、キュビズムなど、絵画の新潮流が反映されています。また、この時期に見られる商業美術の技法は後の作品制作にも受け継がれます。
第1章に足を踏み入れたとき、私は一瞬とまどいました。
というのも、そこに展示されている作品は、どれもマグリットらしくなかったからです。
《風景》(1920)は抽象画ですし、《女たち》(1922)はピカソの絵を思わせるキュビズムの技法で描かれています。また、マグリットが手掛けたポスターや楽譜の装丁は現代風のデザインです。マグリットの初期作品との出会いは、幻想的な作品しか知らなかった私にとって衝撃的でした。
一方で、マグリット作品がシュールでありながらも一般受けしやすい理由が分かったような気がしました。
マグリットは、さまざまな技法を取り入れていく過程で、自身の作品が他者にどう見られるか、を意識できるようになったのでしょう。
1925年に制作された《水浴の女》には、海の風景や球体など、マグリットが一生描き続けていくモチーフが登場しています。マグリットらしさと出会えてホッとした私は、次章へと進みました。

第2章:シュルレアリスム / Surrealism(1926−1930)

マグリットは、ジョルジョ・デ・キリコの《愛の歌》(1914)との出会いをきっかけにシュルレアリスムへ転向し、妻とともにパリ郊外へ移住しました。
しかし、シュルレアリスム運動の主導者・ブルトンと仲たがいして、1930年代にブリュッセルへ戻ります。

この間に描かれた作品は、シュルレアリスムの作風に多い異質なものの組み合わせや夢の中のような風景が見られます
マグリットが言葉とイメージの関係を追求したのもこの時期です。

《桟敷席》(1925)では、双頭の女性が椅子に腰かけている部屋の奥で、別の女性が外を眺めています。
《発見》(1927)では、木目が肌に浮き上がった女性の裸体を描き、「次第に変容していく」という新たな手法を確立しました。
《深淵の花》(1928)では、馬の首につけられる鈴を花に置き換え、その不自然さによって人心をかき乱そうとしました。

どの作品も、まるで悪夢の中にいるような光景を表していて、鑑賞者の不安を喚起します
お互い相容れない物同士を並置したり融合させたりすることは、常識に捕われた人々の意識に揺さぶりをかけます。マグリットは、知人に宛てた手紙でも述べている通り、目に思考させることを目的としていました。そこでは、言葉とイメージの関係も問題とされます。
青空の絵に《呪い》という題名をつけた(1931)のはなぜかということを、私も自らの目を疑いながら考え込んでしまいました。

そして、思考の果てに立ちふさがるのが、《恋人たち》と題された2つの作品(1928)です。布で顔を覆った2人の人物がこちらに顔を向けている絵と接吻している絵です。これらの作品の背後には、犯罪小説や幼い頃に自殺した母親の影響がある、とも言われています。しかし、そうした後付けの解釈をマグリットは望んでいないと私は考えます。あくまで視覚的なイメージからのみ、各人が自分なりに《恋人たち》を解釈すべきではないでしょうか

第3章:最初の達成 / The First Accomplishment(1930−1939)

1930年代、ブリュッセルに戻ったマグリットの芸術は最初の完成を見ました。
マグリットの絵からは、不安を催させる要素が排除され、日常生活の中に幻惑的なイメージを見出す秩序性が現れるようになります。
そこには、サルバドール・ダリとの出会いや友人たちとの再会が影響しているといわれています。この時期のマグリットは、その名前が世界的に知られるようになっていく一方で、商業美術で収入を得る生活は依然として続きました。

《美しい虜》(1931)・《人間の条件》(1933)・《野の鍵》(1936)は、絵の中の絵が背景と同化してだまし絵のようになっています。
本来相容れない物同士を、連続として表現するマグリットの手法は、後に新たな展開を見せます。そのきっかけとなった出来事は、夜目覚めたマグリットが鳥かごの中の鳥を卵と誤認したことです。鳥と卵の親和性にマグリットは衝撃を受けたのです。この出来事は《透視》(1936)という題名の作品になっています。

マグリットを襲ったインパクトは、「問題と解答」という方法論へと昇華しました。
マグリットにとって、絵を描くことが、問題となる事物の背後に潜む解答を探り当てるための手段となったのです。
「女性の身体」という問題に対して答えた《凌辱》(1934)、「山」という問題に対して答えた《前兆》(1938)。《前兆》で描かれたのは、鳥の形をした山です。このモチーフは1962年に《アルンハイムの地所》として再び描かれます。手前に卵が描き足されたこの絵は、美術の教科書などにもよく掲載される有名な絵です。

学生時代は単なるだまし絵だと思っていた絵も、「問題と解答」という視点で眺めると、山の形にも卵にもマグリット独自の思考を読み取れるようになるから面白いですね。

第4章:戦時と戦後 / War and Post-War(1939−1950)

第二次世界大戦中、マグリットはナチス政権下のベルギーにとどまります。
そのときは印象派を思わせる、明るく柔和な筆致で絵を描き、「ルノワールの時代」(1943-47)と呼ばれます。
戦後のマグリットは、粗野な筆致とけばけばしい色彩を特徴とする表現主義的な「ヴァーシュ(雌牛)の時代」(1947-48)に入ります。
これらの時代の作品は、戦争を経験したマグリットの思想を表していますが、周囲からの評価は芳しくありませんでした。

《禁じられた世界》(1943)・《不思議の国のアリス》(1946)などは、明るく自由な筆致で描かれたメルヘンの世界です。
しかし、これらの画風はあくまでもナチスや戦争に対するアンチテーゼであり、じっと眺めていると不安を催してしまう怖さが潜んでいるように感じられました。その感覚が正しかったことは《快楽》(1946)を見て明らかとなりました。

印象派風の《快楽》では、生きた鳥を食らう少女が描かれています。戦争の惨禍を直接描かなかったマグリットは、間接的な方法を用いて戦争の残酷さや愚かさを訴えようとしたのでしょう。
「ヴァーシュ(雌牛)の時代」の代表作《飢餓》(1948)や《絵画の中身》(1948)には、子どもの殴り書きのような荒々しさがあります。マグリットの内で熱くたぎるエネルギーを感じられる作品だと思います。シュルレアリスムから離れていた時期のマグリットが、新たな表現を模索していた痕跡がうかがえます。

一方で、《観光案内人》(1947)のように、前章で紹介した技法を用いて描かれた作品もあります。マグリットは、どんな状況下でも理性を失わず、自らが戻るべき道を常に確保していたのではないでしょうか。それが最終章への伏線ともなっていたのです。

第5章:回帰 / The Return(1950−1967)

1950年代以降のマグリットは、30年代に確立した自らの様式に回帰します。
切り取られた青空や相反する者同士の同化、絵の中に挿入された文字、球体など、戦前に描いたモチーフをマグリットは再び描きました。
過去の作品から滲み出ていた不安感やエロティシズムは弱まる一方で、絵の完成度は高まっています。

マグリットは、日常の中に潜む神秘を克明に描いたのです。このころのマグリットは高い評価を得て、欧米では大回顧展が開催されることとなりました。

《空の鳥》(1966)は、航空会社からの依頼によって作成され、旅客機の機体や広告にも長く使用されました。夜空を鳥の形にくりぬき、そこに昼の青空を描いた作品です。
空と鳥のモチーフは《大家族》(1963)に、昼と夜の並存という不可思議な空間演出は《光の帝国Ⅱ》(1950)にも見られます。
これらの作品は美術の教科書などでも採用されることが多く、学生時代の私がマグリットに心惹かれたのも、これらの作品との出会いがきっかけでした。

《白紙委任状》は1965年と66年に描かれました。馬に乗った女性が林の風景と一部同化しているだまし絵のような作品です。
『ライフ』誌でのインタビューで、マグリットは、「目に見えるもの」と「目に見えないもの」の関係に言及します。更に、「白紙委任状とは、彼女にやりたいようにやることを認めるものです」とも答えました。「白紙委任状」という言葉のイメージにも考えをめぐらせていたのでしょう。絵自体にも、タイトルにも鑑賞者を深い思考へと導くトリックが施されています。

足が靴に変容していく《赤いモデル》(1953)、魚と球体の親和性が感じられる《同族意識》(1963)、「コップの水」という問題に対する解答を示した《ヘーゲルの休日》(1958)など、過去の問題意識を踏襲した作品がいくつも制作されました。マグリットの長年の試行錯誤がこれらの作品で結実したのではないでしょうか。

一方で、正装した紳士や巨石などの新たなモチーフを使って、哲学的問題に対する深い考察も行いました。《ゴルコンダ》(1953)や《傑作あるいは地平線の神秘》(1955)、《ガラスの鍵》(1959)、《記念日》(1959)などです。
この時期の作品についてはマグリット自身がその意図を語っていました。マグリットの語りを読んだ後に作品を鑑賞すると、初見のときとは違った見え方がして面白いと思います

マグリットへの誤解

私がそうであったように、多くの人たちはマグリットを誤解しているのではないでしょうか?
マグリットの代表作は、トリックアートのようなものが多く、異形の人物像や球体などから、無意識や夢、偶然などをテーマにしたシュルレアリスムを連想させます。

しかし、それらの作品は、視覚的イメージの背後にマグリットの冷静で理性的な思考が隠されているのです。多くの思想家が難解な言葉を用いて哲学書を書くのに対して、マグリットは絵画の技法によって自らの思想を具体化しました。マグリットを他のシュルレアリストたちと混同している限り、マグリット作品の奥深さは味わえないと私は思います。
それにしても、子どものころの記憶とは恐ろしいもので、私自身、「マグリット=無意識や夢、偶然などをテーマにしたシュルレアリスム」という印象をなかなか拭えませんでした。しかし、「マグリット展」を順路に沿って鑑賞していくことで、私の中の誤った認識は徐々に消えていきました。第5章まで進んだ後、「マグリットは画家であると同時に思想家だったんだ」と気づいた私は、今度は会場を逆流しました。

回帰後のマグリット作品を見た後、回帰の拠点となった過去の作品を逆にたどることで、マグリットの真意を再確認できました。その後、再び順路に沿って作品を鑑賞しましたが、今度は各エリアの中心に立ってグルッと作品を見渡しました。これによって、個々の作品を見ているだけでは気付けないマグリットの思想の体系性を把握できました。マグリットの思考を自らなぞってみたい人には、私のしたような展覧会の楽しみ方をお勧めします。

「マグリット展」は、私たちの常識の「枠」に揺さぶりをかけてくれる展覧会です。そこには、奇をてらったアート表現特有のモヤモヤ感ではなく、緻密な思考の果てに見えてくる日常の綻びがありました。「わけのわからないアートは嫌い」とシュルレアリスムに拒否反応を示す人こそ、「マグリット展」で味わえる思考実験の楽しみを体感してもらいたいと思います。
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マグリット展
http://www.nact.jp/exhibition_special/2015/magritte2015/index.html
●会期:2015年3月25日(水)~6月29日(月)
●会場:国立新美術館
106-8558 東京都港区六本木7-22-2
http://www.nact.jp/
●開館時間:10:00~18:00(入場は閉館の30分前まで)
金曜日は20:00まで
●休館日:毎週火曜日/5月5日(火)5月26日(火)は開館
●アクセス:
東京メトロ千代田線乃木坂駅
都営大江戸線六本木駅
東京メトロ日比谷線六本木駅

著者:みみずく

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平日の夜は、家庭教師として小学生から高校生まで幅広く指導しています。国語・数学・英語などの主要科目だけでなく、面接・作文・小論文なども教えます。各科目の勉強法や指導テクニック、受験に関するあれこれなど、教育に関する情報を家庭教師ブログに掲載しています。「両国 家庭教師」で検索してみてください。
土日は、様々なイベントに参加するため、都内を中心に首都圏を動き回っています。アートやサブカル、妖怪、アングラ、フェチなど、偏った興味関心の赴くまま、好きなものを追い求めることに一生懸命です。名刺をばらまいたり、一眼レフで写真を撮りまくったりしているうちに、いつの間にかお友達が沢山できていました。イベントに関する情報も裏ブログ(下記サイトURL)やSNSで発信中です。
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